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土浦亀城邸

  • 執筆者の写真: Ken
    Ken
  • 5月10日
  • 読了時間: 2分


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建築家の土浦亀城・信子の自邸

驚かされるのは、このモダンな住宅が

昭和初期の昭和10年(1935年)に

建てられたということ。


昭和10年と言うと…

NHK朝ドラ「あんぱん」のヒロイン

朝田のぶが16歳の時。

ちょうど今放映されているくらいの頃だ。

書生さんや女中さんがいた時代。

この土浦邸にも40年近くに渡って

住み込みで夫婦の暮らしを支えた

お手伝いさんがいた。晩年になって

相次いで入院した土浦夫妻は

家族同然のお手伝いさんが、お見舞いに

来るのを心待ちにしていたと言う。


子供のいなかった夫妻が亡くなった後

正式な遺言状の下で、お手伝いさんが

この住宅を引き継ぐことになり

夫妻が暮らしたまま手を入れずに

20年以上大切に住み続けられてきた。


その後、歴史的価値を認められた

この住宅を未来に残すために

「住宅遺産トラスト」の協力を得て

品川区上大崎から、ポーラ青山ビルの隣地に

2024年に移築・復原された。


寒い北側にあるのが普通だった

女中室を南向きに配し、大きな窓を付けたり

訪問客のために、玄関に暖房付きのベンチを

設えていたり、随所に見られる設計からも、

土浦夫妻の誠実で温かな人柄が伝わってくる。


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土浦亀城は東京帝国大学在学中に

帝国ホテル建設の現場で

フランク・ロイド・ライトを手伝い 

それがきっかけで、卒業後に夫婦で渡米

ライトの元、タリアセンで共同生活をしながら

仕事をし、アメリカの文化や暮らしに触れる。


アメリカでの豊かな暮らしを実感して

帰国した土浦夫妻は、日本でも

快適で暮らしやすい住宅を実現させようと

自邸設計の際には様々なアイディアを取り入れた。


国際様式の白い箱型の外観

スキップフロアによる立体的な空間構成

当時ではまだ珍しかったボイラー給湯、水洗トイレ

システムキッチンを備え、実験的に

天井パネルヒーティングも採用した。


妻の信子は、「日本初の女性建築家」として

当時から注目されていた。 タリアセン時代の写真に写る服装や髪型からも

好奇心旺盛でその進歩的なスタイルが見て取れる。 亀城が独立したのを機に 建築の世界から身を引いてからは

写真、油彩画へと活躍の場を移しながら

晩年まで精力的に活動した。


[参照]

「日本の住宅遺産」伏見唯

「土浦亀城邸」ポーラ文化研究所


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「土浦亀城邸」

1935年 竣工

1995年 東京都指定有形文化財

1999年 DOCOMOMO Japan 最初の20選に選定

2024年 POLA青山ビルディング敷地内に

     復原・移築工事を経て保存・公開

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